総会の資料に「修繕積立金が計画に比べて不足しています」の一行を見つけた。あるいは、長期修繕計画の見直しで、思っていたより残高が少ないと知った。そのとき浮かぶのは「うちの棟は大丈夫なのか」「不足している棟は売れるのか」という2つの問いです。
先に答えを書きます。不足は3棟に1棟以上で起きていて、その出発点の多くは分譲時の低い初期設定にあります。自分の棟が足りているかは、長期修繕計画と重要事項調査報告書を、国のガイドラインと管理計画認定の基準に当てれば自分で見抜けます。そして買主が見ているのは不足の額ではなく、不足への対応が決まっているかどうかです。だから売る時期は「不足が知られる前」より「対策が決まった後」が有利です。
この記事では、不足の原因、自分で見抜く手順、不足の先に起きる影響、買主の見方、売り方と売る時期まで、売主の立場で順に見ていきます。
修繕積立金が不足する原因
総会で「修繕積立金が不足している」と聞かされたとき、多くの人は「誰のせいなのか」「うちだけなのか」と考えます。
国土交通省の令和5年度マンション総合調査では、計画に比べて積立額が不足しているマンションは36.6%、不足が20%を超える棟も11.7%ありました。3棟に1棟以上で起きている現象です。
| 系統 | 原因 | 見分け方 |
|---|---|---|
| 集め方 | 段階増額の引上げが総会で通らず、計画の額に届かない | 長期修繕計画の予定額と実際の月額に差がある |
| 使い方 | 工事費の高騰・計画の未見直し・計画の甘さ | 計画の見直し年が古い、工事項目が少ない |
| 漏れ | 滞納・駐車場使用料の減少・他会計への充当 | 収支報告の未収金・使用料収入・会計間の振替 |
原因は大きく3つの系統に分かれます。
段階増額の引上げが総会で通らない
最も多い原因は、新築時に低く設定された修繕積立金を、計画どおりに引き上げられないことです。分譲会社は売りやすさのために当初の月額を抑え、数年ごとに上げる「段階増額積立方式」を採ることが多く、総合調査ではこの方式の棟が47.1%、均等積立方式が40.5%という割合です。
引上げは総会の決議を要するので、反対が多ければ議案が修正されたり、先送りになったりします。国土交通省の修繕積立金ガイドラインも、この点を次のように述べています。
段階増額積立方式や修繕時に一時金を徴収する方式など、将来の負担増を前提とする積立方式は、増額しようとする際に区分所有者間の合意形成ができず修繕積立金が不足する事例も生じていることに留意が必要です。
つまり、不足の出発点は購入者ではなく、分譲時の設定にあります。そのうえで、引上げの決議が通らなかった年が積み重なると、計画と実績の差が広がります。
出典: 国土交通省「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」(令和6年6月改定)
工事費の高騰に長期修繕計画の見直しが追いつかない
長期修繕計画は、作成時の工事費で将来の費用を見積もっています。ここ数年の人件費と資材費の上昇で、計画時の見積もりと実際の工事費に差が出ている棟は多いです。
国土交通省の長期修繕計画作成ガイドラインは、計画に含まれる不確定な事項を挙げたうえで、「5年程度ごとに調査・診断を行い、その結果に基づいて見直すことが必要」としています。総合調査では「5年毎を目安に定期的に見直している」管理組合は63.2%で、残りの3割強は定期の見直しから外れた形になっています。
見直しをしていない棟では、積立額が計画どおりでも、その計画自体が古く、実際に必要な額に届かない状態になります。見直しをすれば、不足が数字として見えるようになります。見直しをしていない棟は、不足が見えていないだけで、大規模修繕の見積もりを取った時点で一気に表面化します。
出典: 国土交通省「長期修繕計画作成ガイドライン」(令和6年6月改定)
長期修繕計画がない・見直しが古い
総合調査では、長期修繕計画を作成している管理組合は88.4%です。裏返すと、1割強の棟は計画そのものを持たない状態にあります。計画がない棟では、必要な額の根拠がないまま、積立額がおおよその感覚で決まっています。
計画があっても、計画期間が短い棟は注意が要ります。長期修繕計画作成ガイドラインは計画期間を「30年以上で、かつ大規模修繕工事が2回含まれる期間以上」としていますが、総合調査で30年以上の計画を持つ棟は72.7%です(前回調査は60.0%)。期間が短い計画は、2回目の大規模修繕や給排水管の更新など、遠い将来の大きな工事を織り込まないまま作られていることがあります。
なお、この調査は管理組合向けに4,270件を配布し、1,589管理組合から有効回答を得たものです。売主が確かめるのは、計画の有無、計画期間、最後に見直した年の3つです。この3つが揃わない棟は、「不足していない棟」ではなく「不足が計算されていない棟」です。
出典: 国土交通省「令和5年度マンション総合調査結果〔概要編〕」
滞納と駐車場使用料の減少で収入が減る
積立金は毎月の徴収で集まるので、滞納があればその分だけ計画を下回ります。総合調査では、管理費・修繕積立金を3ヶ月以上滞納している住戸があるマンションは30.1%で、完成年次別では築年数が古いマンションほど割合が高くなる傾向です。
もう一つの漏れが、駐車場使用料です。長期修繕計画作成ガイドラインは、専用庭等の専用使用料や駐車場等の使用料から、その管理に要する費用に充てた残りを修繕積立金会計へ繰り入れる扱いを示しています。車を持たない世帯が増えて空き区画が出ると、一般にこの繰入れが減り、積立の計画が狂います。機械式駐車場では、収入が減る一方で装置の修繕費が残るので、二重に響きます。
売主は、管理組合の収支報告で、未収金の額と駐車場使用料収入の推移を見ます。どちらも減っていれば、不足の原因の一部はここにあります。
出典: 国土交通省「令和5年度マンション総合調査結果〔概要編〕」
修繕積立金会計から他の会計へ充当している
管理費が足りないときに、修繕積立金会計から管理費会計へお金を回す棟があります。国土交通省の標準管理規約28条4項は「修繕積立金については、管理費とは区分して経理しなければならない」と定め、管理計画認定の基準でも「管理費と修繕積立金の区分経理がされている」「修繕積立金会計から他の会計への充当がされていない」の2つが項目に入っています。
充当があると、帳簿の上では積立額が計画どおりでも、実際の残高は減っています。収支報告の会計間の振替や繰入の欄で確かめられます。
この原因は、管理組合の運営の側にあります。売主にとっては、買主に説明しにくい原因でもあります。充当が続いている棟では、総会で是正を求めるか、売却の判断を早めるかのどちらかを選ぶことになります。
出典: 国土交通省「令和7年改正マンション標準管理規約(単棟型)及びマンション標準管理規約(単棟型)コメント」
修繕積立金の不足を自分で見抜く方法
不足しているかどうかは、管理会社の説明を待たなくても、書類で自分で見抜けます。使うのは長期修繕計画と重要事項調査報告書、物差しは国土交通省のガイドラインと管理計画認定の基準です。
次の順で見ていきます。
- 長期修繕計画の計画額と積立残高の差を見る
- 収支計画グラフで工事の年の残高を見る
- ㎡単価をガイドラインの幅の下端と比べる
- 国の管理計画認定基準で自己診断する
- 重要事項調査報告書の残高・借入・変更予定を見る
- 住み替え先の棟にも同じ物差しを当てる
長期修繕計画の計画額と積立残高の差を見る
最初に見るのは、長期修繕計画に書かれた「今年度時点で積み上がっているはずの額」と、実際の積立残高の差です。総合調査が「不足」と呼んでいるのは、この差のことで、調査の項目名も「計画上の修繕積立金の積立額と現在の修繕積立金の積立額の差」です。
標準管理規約の48条関係コメントも、同じ差を組合員に示すよう求めています。
毎年の総会において、長期修繕計画上の積立予定額と現時点における積立額の差を明示するためにこれらの情報を記載した資料を提示したり、長期修繕計画を総会資料に添付したりするとともに、段階増額積立方式を採用している場合は今後の変更予定時期及び変更予定額を説明することも、合意形成に有効と考えられる。
長期修繕計画は総会で決議されたものを管理組合が保管しており、区分所有者なら閲覧を求められます。国土交通省の長期修繕計画標準様式では、様式第4-1号「長期修繕計画総括表」の収入欄に「修繕積立金の残高(修繕積立基金)」と「修繕積立金 年度合計」、いちばん下に「修繕積立金 次年度繰越金」の行があり、各年度の残高の推移が並びます。
不足率の出し方(仮定の例)
計画上の今年度末の積立残高 1億2,000万円
実際の積立残高 9,000万円
差 3,000万円 → 3,000万円 ÷ 1億2,000万円 = 不足率25%
金額は仮定です。自分の棟の総括表の数字に置き換えて計算します。総合調査では、不足が20%を超える棟は11.7%で、この例はその中に入ります。
差がゼロか、実績が上回っていれば、計画どおりに集まっています。差がマイナスなら、その分を将来の値上げか一時金か借入で埋めることになります。
出典: 国土交通省「令和7年改正マンション標準管理規約(単棟型)及びマンション標準管理規約(単棟型)コメント」
収支計画グラフで工事の年の残高を見る
次に、長期修繕計画の様式第4-2号「収支計画グラフ」を見ます。総括表の数字をグラフにしたもので、各年度の残高の線が、大規模修繕の年に大きく下がります。
見るのは、残高がゼロを下回る年があるかどうかです。下回る年があれば、その年は一時金の徴収か借入で埋めて初めて工事ができます。総括表の支出欄には「(借入金の償還金 年度合計)」の行があり、様式第5号「修繕積立金の額の設定」のG欄は「計画期間に予定する一時金の合計額」です。ここに金額が入っていれば、管理組合はすでにそれを前提にした計画を持っています。
残高が下回らない計画でも、計画期間の終わりに近い年でぎりぎりなら、工事費が少し上がるだけで不足に転じます。グラフの形で、余裕のある棟か、綱渡りの棟かが分かります。
出典: 国土交通省「長期修繕計画作成ガイドライン」(令和6年6月改定)
㎡単価をガイドラインの幅の下端と比べる
積立額が「著しく低額」かどうかは、国土交通省の修繕積立金ガイドラインの目安で測れます。ガイドラインは、計画期間全体における修繕積立金の平均額を専有面積1㎡当たりの月額で示し、事例の3分の2が包含される幅と平均値を出しています。
| 地上階数/建築延床面積 | 事例の3分の2が包含される幅の下端 | 平均値 |
|---|---|---|
| 20階未満・5,000㎡未満 | 235円/㎡・月 | 335円/㎡・月 |
| 20階未満・5,000㎡以上〜10,000㎡未満 | 170円/㎡・月 | 252円/㎡・月 |
| 20階未満・10,000㎡以上〜20,000㎡未満 | 200円/㎡・月 | 271円/㎡・月 |
| 20階未満・20,000㎡以上 | 190円/㎡・月 | 255円/㎡・月 |
| 20階以上 | 240円/㎡・月 | 338円/㎡・月 |
平均額は、国土交通省の事務ガイドラインが示す計算式で出します。計画期間当初の修繕積立金の残高(A)、計画期間全体で集める修繕積立金の総額(B)、計画期間全体における専用使用料等からの繰入額の総額(C)を足し、総専有床面積(X)と計画期間の月数(Y)で割った「(A+B+C)÷X÷Y」です。この額が幅の下端を上回っていれば、管理計画認定の基準を満たします。機械式駐車場がある棟は、目安の額に機種や設置台数に応じた単価を加算したうえで比べます。
自分の棟の月額を専有面積で割った数字が下端を下回っていれば、積立額そのものが低く、不足が起きやすい棟です。下端を上回っていても、残高が不足していることはあります。㎡単価は「今の集め方」の物差し、残高の差は「これまでの結果」の物差しなので、両方を見ます。
出典: 国土交通省「マンションの管理計画認定に関する事務ガイドライン」
国の管理計画認定基準で自己診断する
令和4年4月に始まった「マンション管理計画認定制度」は、管理組合の管理者等が管理計画を作り、市区町村などの長の認定を申請できる制度です。マンション管理適正化法5条の13は「認定を申請することができる」と定めており、申請するかどうかは管理組合が決めます。だからこそ、その認定基準は、認定を取っていない棟でも「健全さの物差し」として使えます。
基準の正本は国土交通省の「マンションの管理計画認定の基準」で、根拠はマンション管理適正化法5条の14、同法施行規則1条の10・1条の11、基本方針別紙2です。修繕積立金に関わる項目は次のとおりです。
- 長期修繕計画(標準様式準拠)の内容及びこれに基づき算定された修繕積立金が集会(総会)で決議されている
- 長期修繕計画が7年以内に作成又は見直しがされている
- 長期修繕計画の計画期間が30年以上かつ残存期間内に大規模修繕工事が2回以上含まれている
- 長期修繕計画において将来の一時金の徴収を予定していない
- 長期修繕計画の計画期間全体での修繕積立金の総額から算定された修繕積立金の平均額が著しく低額でない
- 計画期間の最終年度において、借入金の残高のない計画となっている
経理の側にも3つの項目があります。管理費と修繕積立金の区分経理がされていること、修繕積立金会計から他の会計への充当がされていないこと、そして直前の事業年度の終了の日時点における修繕積立金の3ヶ月以上の滞納額が全体の1割以内であることです。
「将来の一時金の徴収を予定していない」の判定は、事務ガイドラインが数字で決めています。大規模修繕工事を開始する事業年度の前々年度の開始日から、工事を完了した事業年度の翌々年度の終了日までの修繕積立金総額の増額幅が2倍以上になっていれば、一時金の徴収を予定しているとみなされます。借入金のほうは、計画の最終年度に残高が予定されていないことだけを見ます。
なお、この基準は令和8年7月31日公布の省令改正により、令和9年4月1日から見直されます。申請主体への分譲事業者の追加、認定を受けたマンションの表示制度の創設、防災に関する方針を記載した書類の追加などが予定されているので、売却の時期が先になる人は改正後の内容も確かめます。
重要事項調査報告書の残高と借入と変更予定を見る
売却時に仲介会社が管理会社から取り寄せる「管理に係る重要事項調査報告書」にも、不足を見抜く欄があります。国土交通省の標準管理規約の別添4「管理情報提供様式に記載のある項目例」では、次の欄が該当します。
- 6 管理組合収支関係(1)収支及び予算の状況: ⑥修繕積立金会計収入総額 ⑦修繕積立金会計支出総額 ⑧修繕積立金会計繰越額 ⑨修繕積立金会計資産総額 ⑩修繕積立金会計負債総額
- 同(2)管理費等滞納及び借入の状況: ①管理費滞納額 ②修繕積立金滞納額 ③借入金残高
- 同(3)管理費等の変更予定等: ②修繕積立金について、変更予定有(年月から・変更予定額)、変更予定無、検討中の別を記載し、長期修繕計画(総会で決議されたもの)上の変更予定時期及び変更予定額を記載
- 同(4)修繕積立金に関する事項: ②修繕積立金の積立方式(均等積立方式、段階増額積立方式の別)
- 8 計画修繕・改良関係: ①長期修繕計画の有無(有(年月作成(見直し))、無、検討中の別)
買主側の仲介会社はこの報告書で棟の状態を読みます。売主が先に同じ報告書を取り寄せて読んでおけば、買主と同じ情報を持って売却に臨めます。報告書は売却前でも管理会社に依頼すれば発行されます。
出典: 国土交通省「令和7年改正マンション標準管理規約(単棟型)及びマンション標準管理規約(単棟型)コメント」
住み替え先の棟にも同じ物差しを当てる
不足している棟を売って住み替えるなら、住み替え先の棟も同じ物差しで見ます。中古マンションなら、購入前に長期修繕計画と重要事項調査報告書を仲介会社経由で入手し、計画額と残高の差、収支計画グラフ、㎡単価、認定基準の項目を確かめます。
新築マンションは、長期修繕計画と修繕積立金の額が分譲時に提示されます。当初の月額が低く、段階増額の予定が入っていれば、数年後に同じ問題に会います。修繕積立金ガイドラインは、段階増額積立方式の適切な引上げの考え方として、均等積立方式とした場合の月あたりの金額を基準額とし、「計画の初期額は基準額の0.6倍以上、計画の最終額は基準額の1.1倍以内とする」と示しているので、提示された計画がこの範囲に収まるかを見ます。
「不足の棟から不足の棟へ」の住み替えは、避けられる失敗です。売る側で身につけた見抜き方を、買う側でも使います。
出典: 国土交通省「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」(令和6年6月改定)
修繕積立金が不足すると起きる影響
不足が分かった後、管理組合は順番に手を打ちます。値上げ、一時金、借入、そして工事の先送りです。
| 段階 | 対応 | 決め方 | 売主への影響 |
|---|---|---|---|
| 1 | 値上げ | 総会の普通決議 | 月額が上がる・報告書に変更予定が載る |
| 2 | 一時金 | 総会の決議 | まとまった額の支払い・引渡し前後で精算 |
| 3 | 借入 | 総会の決議 | 返済が積立金に乗る・報告書に借入金残高が載る |
| 4 | 先送り・縮小 | 理事会・総会 | 建物の劣化・評価の低下 |
どの段階にいるかで、売主への影響と買主の評価が変わります。
値上げの議案が出る
不足への最初の対応は、修繕積立金の値上げです。長期修繕計画を見直し、必要な額を計算し直して、総会に値上げの議案を出します。標準管理規約48条6号は「管理費等及び使用料の額並びに賦課徴収方法」を総会の議決事項としており、値上げは普通決議で決まります。
売主にとっての影響は2つです。1つは、値上げ後の月額を売却まで払うこと。もう1つは、値上げの予定が重要事項調査報告書の「管理費等の変更予定等」の欄に載り、買主に伝わることです。値上げの決まり方と、値上げ前に売る意味と限界は、別の記事で詳しく扱っています。
不足の対応として値上げが決まった棟は、買主から見れば「対応が決まった棟」です。後で見るように、これは売却にとってむしろ良い材料になります。
出典: 国土交通省「令和7年改正マンション標準管理規約(単棟型)及びマンション標準管理規約(単棟型)コメント」
一時金の徴収が決まる
値上げだけでは大規模修繕の年に間に合わない場合、一時金の徴収が決まります。一般に1戸あたり数十万円単位になることが多く、大規模修繕の直前に集められます。
一時金は、管理計画認定の基準では「予定がないこと」が求められる項目です。つまり、一時金を前提にした計画は、国の物差しでは健全と言いにくい計画です。買主にとっても、購入後に一時金の支払いが来る棟は避けたい物件になります。
売主にとっては、一時金の支払期日と引渡日の前後関係が問題になります。期日前に引き渡せば買主の負担、期日後なら売主の負担となり、契約で精算の方法を決めます。一時金の扱いは、別の記事で扱います。
出典: 国土交通省「マンションの管理計画認定に関する事務ガイドライン」
管理組合が借入をする
一時金を避けるために、管理組合が金融機関から借り入れる棟もあります。標準管理規約28条3項は「管理組合は、第1項各号の経費に充てるため借入れをしたときは、修繕積立金をもってその償還に充てることができる」と定めており、借入と返済は規約が想定した手段です。住宅金融支援機構の「マンションすまい・る融資」は、管理計画認定の取得により融資金利を年0.2%引き下げる扱いを設けています。
借入そのものは、条件しだいで健全な対応です。認定の基準も、計画期間の最終年度に借入金の残高が残らない計画であれば満たします。一時金のように一度に大きな負担を求めず、返済を月額に均す方法だからです。
売主が確かめるのは、借入の返済が長期修繕計画の最終年度までに終わる形になっているかです。返済が積立金の収入を圧迫し、次の工事の積立が遅れる構造になっていれば、借入は不足を先送りしただけになります。最終年度に残高が残らない計画であれば、買主にも説明できます。
出典: 住宅金融支援機構「マンションすまい・る融資(管理組合申込み)」
工事の先送りや仕様の縮小が起きる
値上げも一時金も借入も決まらないとき、残る道は工事の先送りか、仕様の縮小です。外壁の全面補修を部分補修に変える、給排水管の更新を延期する、といった対応になります。
先送りは、建物の劣化を進めます。外壁のひび割れからの漏水、給排水管の腐食による水漏れは、先送りするほど修繕費が増えます。買主側の仲介会社は、修繕履歴から「本来やるべき工事がされていない」ことを読み取ります。
この段階の棟は、不足の額より「管理組合が動けていない」ことが評価を下げます。売主にできることは限られますが、総会で見直しを提案するか、売却を急ぐかのどちらかを選ぶ時期です。
対応が決まっているかで棟の評価が分かれる
ここまでの4段階を見ると、不足そのものより、不足への対応が決まっているかどうかが、棟の評価を分けることが分かります。
「対応中の棟」とは、長期修繕計画を見直し、値上げを決議し、必要なら借入の返済まで計画に組み込んだ棟です。不足はあっても、いつどう埋めるかが決まっています。「放置の棟」とは、見直しをせず、値上げの議案が否決され、工事を先送りしている棟です。
売主は、自分の棟がどちらかを、直近の総会議事録で確かめます。対応中なら、その事実が売却の材料になります。放置なら、売却を急ぐか、自分が総会で動くかを決めます。
積立不足のマンションを買主がどう見るか
「不足している棟は売れない」と言われますが、買主が本当に見ているのは、不足の額ではなく、将来の負担が読めるかどうかです。
| 棟の状態 | 買主の評価 | 価格への影響 |
|---|---|---|
| 見直し・値上げ・返済計画が済んでいる | 対応済み・将来が読める | 小さい |
| 不足が分かり、対応を検討中 | 対応中・値上げが来る | 値上げ差を引かれる |
| 不足に気づいていない・放置 | 将来が読めない | 大きい・買主が減る |
買主の目線を先に知ると、売主が用意する書類が決まります。
買主は報告書の残高と借入と変更予定を見る
買主側の仲介会社は、重要事項調査報告書で、修繕積立金会計繰越額、借入金残高、修繕積立金の変更予定、積立方式、長期修繕計画の有無を確認します。繰越額が少なく、借入金残高があり、変更予定が「検討中」なら、「これから上がる棟」と読みます。
買主自身が報告書を隅々まで読むことはまれですが、仲介会社は必ず読み、買主に「この棟は積立が少なめです」と伝えます。売主が先に同じ報告書を読んでいれば、買主側の指摘に対して、原因と対応を説明できます。
売主にとっての要点は、報告書が不足を隠せない仕組みであると同時に、対応を示せる仕組みでもあることです。変更予定に値上げが載っていれば、それが見直し済みの棟の証拠になります。
出典: 国土交通省「令和7年改正マンション標準管理規約(単棟型)及びマンション標準管理規約(単棟型)コメント」
買主が最も嫌うのは対策が決まっていない棟
買主が最も避けたいのは、不足していて、しかも対策が何も決まっていない棟です。購入後に値上げか一時金か借入が来ると分かっているのに、いつ、いくらかが読めないからです。
次に避けたいのは、一時金の予定がある棟です。購入直後にまとまった支払いが来ると分かっているので、その分を価格から引く交渉になります。
逆に、不足が分かっていて、長期修繕計画を見直し、値上げを決議した棟は、対応が決まっている棟です。将来の負担が読めるので、買主は安心して予算を組めます。買主が嫌うのは不足そのものより、不確かさのほうです。
見直しと値上げを済ませた棟は評価される
不足を見直し、値上げを決議し、計画を作り直した棟は、買主側の仲介会社から「管理組合が機能している棟」と評価されます。総合調査で不足の棟が36.6%ある中で、対応を済ませた棟には相対的に安心材料が多いからです。
国土交通省は管理計画認定制度のメリットとして「認定を受けたマンションが市場で高く評価されることが期待されます」を挙げ、認定マンションには住宅金融支援機構の【フラット35】及びマンション共用部分リフォーム融資の金利引下げが実施されるとしています。認定まで取れた棟であれば、買主の側にも金利の面での利点が生まれます。
この評価は、売主が書類で示して初めて伝わります。見直し後の長期修繕計画、値上げを決議した総会の議事録、値上げ後の積立残高の推移を揃え、内覧のときに買主へ見せられるようにします。「不足していた」という過去より、「見直して値上げした」という現在を前に出す。この順番で説明すると、不足は買主にとって過去の出来事になります。
一時金や値上げの予定額が価格交渉の材料になる
不足の棟を売るとき、買主は将来の負担額を価格から引こうとします。その額は、一時金の予定額と、値上げ後の月額差に年数を掛けた額です。
買主が引こうとする額(仮定の例)
一時金の予定 30万円
値上げ 月5,000円 × 12か月 × 10年 = 60万円
合計 30万円 + 60万円 = 90万円 → 買主は「90万円安くしてほしい」と考える
金額はすべて仮定です。自分の棟の予定額と、買主が住む想定年数に置き換えて計算します。
この額は、報告書と長期修繕計画から買主側でも計算できるので、売主が先に織り込んで売り出し価格を決めるほうが、交渉で主導権を持てます。それ以上の値引きを求められたら、「予定額はこれだけです」と根拠を示して返します。
積立不足のマンションの売り方と売る時期
不足の棟を売るなら、いつ売るかで手取りと買主の評価が変わります。
| 売る時期 | 買主に伝わる情報 | 有利・不利 |
|---|---|---|
| 不足が表面化する前 | 報告書に「検討中」が載ることがある | 説明しにくい |
| 見直し・値上げ決議の後 | 値上げ後の月額と計画 | 対応済みと説明できる |
| 一時金・工事の後 | 工事済み・残高回復 | 評価は高いが手取りが減る |
多くの人が「不足が表面化する前」を狙いますが、実際に有利なのは「対応が決まった後」です。
売る時期は不足の対策が決まった後が有利
「不足が知られる前に売りたい」と考える人は多いです。けれども、理事会で見直しが始まった段階で、重要事項調査報告書の変更予定の欄には「検討中」と載ります。買主は何かが動いていると分かるのに、中身が読めないので、最も警戒します。
見直しが終わり、値上げが決議された後なら、売主は「不足を見直して、この額に上げました。計画はこれです」と説明できます。買主にとっては、将来の負担が読める棟です。
売却まで数か月の余裕があり、見直しの総会が近いなら、決議を待ってから売り出す判断があります。決議前に売り出すより、決議後のほうが、買主の不安が小さく、価格交渉も限られた範囲に収まります。
対策が決まる前に売るなら不足の事実を先に説明する
事情があって対策の前に売る場合は、不足の事実を隠さず、自分の言葉で先に説明します。報告書と議事録で伝わる以上、隠す道は仕組みの上で閉じています。
説明の型は、「不足の額」「原因」「管理組合の予定」の3つです。
先に説明する型(例)
「計画に比べて残高が2割少ない状態です。原因は段階増額の引上げが1回見送られたことで、来期の総会で見直しと値上げが議案になる予定です」
先に説明する売主は、買主側の仲介会社からも信頼されます。不足を後から指摘される場合に比べて、価格交渉の幅は小さくなります。
見直し後の長期修繕計画と議事録を書類で示す
不足の棟を売るときに揃える書類は、次のとおりです。
- 見直し後の長期修繕計画(様式第4-1号 長期修繕計画総括表・様式第4-2号 収支計画グラフ・様式第4-3号 長期修繕計画表)
- 値上げを決議した総会の議事録と議案書
- 修繕積立金会計の収支報告(直近数年分の残高の推移)
- 借入がある場合はその返済の計画
- 管理に係る重要事項調査報告書
これらを、㎡単価とガイドラインの幅の比較、認定基準の自己診断の結果と一緒に1枚にまとめると、買主は「不足の棟」ではなく「不足を見直した棟」として理解します。
仲介会社に任せきりにせず、売主が自分でこの1枚を作るのが、他の売主と差がつく準備です。
一時金と値上げの予定額を価格に織り込む
売り出し価格は、同じ棟や近隣の成約事例を基準に決めますが、不足の棟では一時金と値上げの予定額を先に織り込みます。買主が計算する「将来の負担額」を、売主が先に価格へ反映しておく形です。
織り込む額は、一時金の予定額と、値上げ後の月額差×買主の想定居住年数です。前の章の仮定の例なら90万円になります。この額を織り込んだ価格で売り出し、買主から「不足しているから」とそれ以上の値引きを求められたら、「予定額はすでに織り込んでいます」と返します。
織り込まずに高く出して交渉で大きく下げるより、最初から根拠のある価格で出すほうが、買主の信頼を得やすく、結果として手取りも守れます。
売却まで時間があるなら長期修繕計画の見直しを提案する
売却まで1年以上あるなら、売る前に管理組合へ長期修繕計画の見直しを提案する手があります。見直しがあるだけで「放置の棟」から「対応中の棟」に変わり、買主の評価も変わります。
提案の手順は、理事会に「長期修繕計画の見直しを次期の議案にしてほしい」と書面で申し入れることです。標準管理規約48条5号は「長期修繕計画の作成又は変更」を総会の議決事項としており、32条関係コメント④は「長期修繕計画の作成又は変更に要する経費及び長期修繕計画の作成等のための劣化診断(建物診断)に要する経費の充当については、管理組合の財産状態等に応じて管理費又は修繕積立金のどちらからでもできる」としています。5年以上見直していない棟なら、ガイドラインの5年程度ごとという目安を根拠に提案できます。
自分が売った後も、見直しは残る区分所有者の利益になります。一人の提案が棟の対応を前に進めることは、一般に十分あり得ます。
出典: 国土交通省「令和7年改正マンション標準管理規約(単棟型)及びマンション標準管理規約(単棟型)コメント」
まとめ:不足の有無より、不足への対応が決まっているかで売却は変わる
いちばん重いのは、買主が値段を決めるとき見ているのが不足の額ではなく、不足への対応が決まっているかどうかだという点です。重要事項調査報告書には修繕積立金会計繰越額も借入金残高も変更予定も載るので、不足は仕組みの上で買主に伝わります。そのうえで「見直し済み・値上げ決議済み」と示せる棟は将来の負担が読めるため、価格交渉は限られた範囲に収まります。売る時期を「不足が知られる前」に置くより、「対策が決まった後」に置くほうが手取りが残るのは、この理由によります。
次の一歩は、長期修繕計画の様式第4-1号 長期修繕計画総括表と重要事項調査報告書を取り寄せ、計画上の積立予定額と現時点の積立額の差を出し、管理計画認定の基準の項目で自分の棟を採点することです。ここを飛ばして売り出すと、買主側の仲介会社が先に報告書を読んだ時点で交渉の主導権が移り、根拠のない値引き要求に対して返す材料を持たないまま値段を下げることになります。
そのうえで、見直しの総会がいつあるかを確かめます。決議を待てる時期なら待ち、待てない事情があるなら不足の額と原因と管理組合の予定を先に説明する。この判断が、同じ棟の同じ広さでも手取りを分けます。住み替えのトビラでは、修繕積立金が不足しているマンションの見抜き方と売り方も含めて、住み替えで悩むあなたに信頼できる情報を提供しています。
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