長期修繕計画を開いて、修繕積立金の欄が5年ごとに階段のように上がっているのを見つけた。「うちは段階増額だから、この先まだ上がる。いつまで、いくらまで上がるのか」。段階増額の棟に住む人の多くが、ここで立ち止まります。
先に答えを書きます。後から上がるのは、最初から予定されていた引上げです。2024年6月に国土交通省がガイドラインを改定し、「最初は基準額の6割以上、最後は基準額の1.1倍以内」という目安を示したので、自分の棟の計画が健全な範囲かは割り算3回で自分で測れます。買主が見ているのは今の月額ではなく、最終額と次の引上げの時期です。だから、最終額が目安内であることと残りの引上げ回数を先に示せる売主は、段階増額でも落ち着いて売れます。
この記事では、段階増額の仕組みと2024年改定、自分の棟の計画を目安に当てる手順、買主の見方、売る時期と売り方、均等積立への移行が売却に与える効果まで、売主の立場で順に見ていきます。
段階増額積立方式の仕組みと2024年改定の目安
「うちのマンションは段階増額だから、この先まだ上がる」。長期修繕計画を見て、そう気づいた人は多いです。
段階増額積立方式は、令和5年度のマンション総合調査で全体の47.1%を占め、完成年次の新しいマンションほど多く採られている方式です。2024年6月に国土交通省が、その引上げ方の目安を初めて数値で示しました。この章では次の5点を順に見ます。
- 段階増額積立方式は当初を抑えて後から上げる方式
- 新築マンションに段階増額が多い理由
- 引上げが総会で通らないと積立不足になる
- 2024年改定で示された初期額0.6倍以上と最終額1.1倍以内
- 改定は既存の棟の大幅な引上げを制限するものではない
段階増額積立方式は当初を抑えて後から上げる方式
修繕積立金の集め方には2つの方式があります。国土交通省の「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」は、次のように説明しています。
修繕積立金の積立方法には、長期修繕計画で計画された修繕工事費の累計額を、計画期間中均等に積み立てる方式(均等積立方式)の他、当初の積立額を抑え段階的に積立額を値上げする方式(段階増額積立方式)があります。
均等積立方式は、計画期間の工事費を最初から均等に割って毎月集めます。段階増額積立方式は、最初の月額を低く抑え、数年ごとに引き上げていきます。集める総額が同じでも、払う時期の配分が違います。
段階増額の棟に住む人は、今の月額が途中の額であることをまず知っておきます。長期修繕計画には、何年目にいくらへ上げるかが最初から書かれています。
出典: 国土交通省「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」
新築マンションに段階増額が多い理由
国土交通省の令和5年度マンション総合調査では、現在の修繕積立金の積立方式は均等積立方式が40.5%、段階増額積立方式が47.1%で、「完成年次別にみると、完成年次の新しいマンションほど段階増額積立方式となっている割合が多い」とされています。調査は全国の4,270管理組合に配布し、有効回収は1,589件です。
新築に段階増額が多い理由は、改定前のガイドラインが書いていました。令和6年6月7日の新旧対照表の現行側には、新築マンションの場合は段階増額積立方式を採用している場合がほとんどで、分譲時に修繕積立基金を徴収している場合も多く、このような方式は購入者の当初の月額負担を軽減できるため広く採用されていると言われている、という記述があります。この段落が、改定で[段階増額積立方式における適切な引上げの考え方]に置き換わりました。
つまり、段階増額は購入者が選んだ方式ではなく、分譲時の設定です。後から上がるのは最初から予定された引上げであり、管理が悪いことの表れとは別の話です。この点は、売るときに買主へ説明する土台になります。なお、工事費が本格的にかかるのは一般に築10年を過ぎてからで、当初の月額が低くても数年は資金繰りに困りにくい、というのが段階増額が成り立つ前提です。
出典: 国土交通省「令和5年度マンション総合調査結果(概要編)」/国土交通省「マンションの修繕積立金に関するガイドライン 新旧対照表」
引上げが総会で通らないと積立不足になる
段階増額の弱点は、引上げのたびに総会の決議が要ることです。ガイドラインはこう指摘しています。
段階増額積立方式や修繕時に一時金を徴収する方式など、将来の負担増を前提とする積立方式は、増額しようとする際に区分所有者間の合意形成ができず修繕積立金が不足する事例も生じていることに留意が必要です。
引上げの議案が否決されたり、先送りされたりすると、計画と実際の積立額に差が出ます。総合調査では、現在の積立額が計画に比べて不足しているマンションが36.6%あり、不足の割合が20%を超えるマンションも11.7%あります。段階増額の棟でこの差が生じる主な道筋が、引上げの未達です。
ガイドラインは段階増額について、築年数の経過に応じて必要な修繕積立金が増加することや、区分所有者の高齢化等により費用負担が困難化していくことを踏まえ、「早期に引上げを完了させることが望ましいです」としています。年金生活に入ってから大きな引上げが来る棟ほど、合意が取りにくくなるからです。
出典: 国土交通省「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」/国土交通省「令和5年度マンション総合調査結果(概要編)」
2024年改定で示された初期額0.6倍以上と最終額1.1倍以内
2024年6月7日、国土交通省はガイドラインを改定し、段階増額の引上げ方に初めて数値の目安を置きました。新旧対照表の現行側にはこれに対応する記述がなく、改訂案側だけに置かれているので、改定で新たに設けられた考え方です。
段階増額積立方式における月あたりの徴収金額は、均等積立方式とした場合の月あたりの金額を基準額とし、計画の初期額は基準額の0.6倍以上、計画の最終額は基準額の1.1倍以内とする。
かみ砕くと、「最初から均等に集めた場合の月額」を基準に、最初の月額はその6割以上、最後の月額はその1.1倍以内に収める、という考え方です。最初を極端に低くして後で急に上げる形を避け、早期に均等積立へ近づけることが目的です。
改定は、令和5年8月の「今後のマンション政策のあり方に関する検討会」のとりまとめに基づいて設置された「標準管理規約の見直し及び管理計画認定制度のあり方に関するワーキンググループ」での議論を経て、長期修繕計画作成ガイドライン・同コメントと修繕積立金ガイドラインの両方に反映されました。ガイドラインは、計画初年度から5年ごとに3回の引上げを行う場合を一例として図示しています。
出典: 国土交通省「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」/国土交通省 報道発表「『長期修繕計画作成ガイドライン・同コメント』及び『マンションの修繕積立金に関するガイドライン』の改定について」(令和6年6月7日)
改定は既存の棟の大幅な引上げを制限するものではない
改定の数値を見て、「うちの棟の引上げは1.1倍を超えているから違反だ」と考える人がいます。けれども、ガイドラインは留意事項で次のように書いています。
「段階増額積立方式における適切な引上げの考え方」については、実現性をもった引上げにより、修繕積立金の早期の引上げを完了し、均等積立方式へ誘導することを目的とするものであり、例えば、工事費高騰等の状況を踏まえた長期修繕計画の見直しにあたって、管理適正化のために現在の修繕積立金額の額を大幅に引上げる等を制限するものではない。
つまり、目安は新築の当初設定に対する歯止めであり、既存の棟が工事費の高騰を踏まえて大きく引き上げることを止める趣旨とは別です。
出典: 国土交通省「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」
自分の棟の引上げ計画が目安に収まるかの確かめ方
改定の目安は、自分の棟の長期修繕計画に当てて初めて意味を持ちます。計算は割り算が3回で済みます。
次の順で確かめます。
- 長期修繕計画から均等積立の基準額を出す
- 計画の初期額と最終額を基準額と比べる
- 判定結果を読む
- 次の引上げの時期と回数を計画表で確かめる
- 重要事項調査報告書で買主に伝わる記載を確かめる
- 住み替え先の新築にも同じ計算を当てる
長期修繕計画から均等積立の基準額を出す
基準額は、ガイドラインが示す式で出します。長期修繕計画から3つの数字を拾います。
- A: 計画期間全体で集める修繕積立金の総額(円)
- B: マンションの総専有床面積(㎡)
- C: 長期修繕計画の計画期間(月)
ガイドラインは、この3つからDを「計画期間全体における月あたりの修繕積立金の平均額 =A÷B÷C(円/㎡・月)」と定義し、計画の最低額をE、最高額をFとして「0.6×D ≦ E かつ 1.1×D ≧ F」という計算方法を示しています。このDが、[適切な引上げの考え方]でいう基準額にあたります。
ここで一つ注意があります。同じガイドラインのp6には、修繕積立金の額の目安と比べるための別の式「Z=(A+B+C)÷X÷Y」があり、そちらのAは計画期間当初の残高、Bは集める総額、Cは専用使用料等からの繰入額です。同じ記号で中身が違うので、引上げの判定に使うのは残高も繰入額も足さない「集める総額だけを割る式」のほうだと押さえておきます。
基準額の計算(ガイドラインp9のモデルケースの数値を借りた例・実額は自分の計画表から拾う)
A = 2億6,460万円(計画期間全体で集める修繕積立金の総額)
B = 4,900㎡(戸当たり70㎡×住戸数70戸)
C = 360か月(30年)
D = 264,600,000円 ÷ 4,900㎡ ÷ 360か月 = 150円/㎡・月
70㎡の部屋なら、均等積立にした場合の月額は 150円 × 70㎡ = 10,500円。
(ガイドラインのモデルケースの長期修繕計画(例)にも「修繕積立金年度合計(@150円/㎡・月)」と書かれており、合計は264,600千円)
AとCは長期修繕計画の総括表に、Bは管理規約の別表や重要事項調査報告書に載っています。計画が手元になければ、管理組合に閲覧を求めます。
出典: 国土交通省「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」
計画の初期額と最終額を基準額と比べる
次に、長期修繕計画の年度別の積立額から、最も低い額E(初期)と最も高い額F(最終)を㎡単価で拾います。判定は次の2つです。
- 0.6 × D ≦ E(初期額が基準額の6割以上か)
- 1.1 × D ≧ F(最終額が基準額の1.1倍以内か)
判定(仮定の例の続き・E と F は仮の数字)
D = 150円 → 0.6×D = 90円、1.1×D = 165円
初期額E = 100円/㎡・月 → 90円以上なので目安の範囲内
最終額F = 180円/㎡・月 → 165円を超えるので目安より重い
→ この棟は「最初は目安内だが、最終額が重い」計画。
自分の棟の計画表で、初期と最終の㎡単価を拾い、同じ判定をします。月額を㎡単価に直すには、月額を専有面積で割ります。
判定結果の読み方
判定の組み合わせは4つで、それぞれ意味が違います。
| 初期額 | 最終額 | 読み方 |
|---|---|---|
| 0.6D以上 | 1.1D以内 | 目安の範囲内。引上げが計画どおりなら健全 |
| 0.6D未満 | 1.1D以内 | 最初が低すぎる。引上げ幅が急で合意が取りにくい |
| 0.6D以上 | 1.1D超 | 最終額が重い。高齢化した時期に負担が集中する |
| 0.6D未満 | 1.1D超 | 両方外れる。分譲時の設定が極端で見直しが要る |
最終額が1.1Dを超える棟は、計画期間の後半に負担が集中する形です。ガイドラインが「早期に引上げを完了させることが望ましいです」と書くのは、この形を避けるためです。
判定が外れていても、それは今の計画の形の話です。計画を見直して引上げを前倒しにしたり、均等積立へ移行したりすれば、形は変えられます。売る側にとっては、買主に「計画の形と、それをどう直しているか」を説明する材料になります。
出典: 国土交通省「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」
次の引上げの時期と回数を計画表で確かめる
段階増額の棟で売却を考えるなら、次の引上げがいつ、いくらで、残り何回かを把握します。長期修繕計画の年度別の表に、引上げの年と引上げ後の額が載っています。
見るのは3つです。次の引上げの年度と額、引上げの残り回数、最後の引上げが終わる年度。ガイドラインが例に挙げる「5年ごとに3回」の計画で2回済んでいれば、残りは1回です。
この情報は、売る時期と買主への説明に直結します。次の引上げが1年以内なら、買主は「買った直後に上がる」と読みます。残り1回で完了するなら、「あと1回で均等相当になる」と説明できます。計画表の数字を、そのまま自分の言葉にしておきます。
重要事項調査報告書で買主に伝わる記載を確かめる
売却時に仲介会社が管理会社から取り寄せる重要事項調査報告書には、積立方式と変更予定を書く欄があります。国土交通省の標準管理規約に付く別添4「管理情報提供様式に記載のある項目例」では、「(4)修繕積立金に関する事項 ②修繕積立金の積立方式(均等積立方式、段階増額積立方式の別)」が項目に挙がっています。あわせて「(3)管理費等の変更予定等」は変更予定有( 年 月から・変更予定額)、変更予定無、検討中の別を記載する欄で、②の修繕積立金については長期修繕計画(総会で決議されたもの)上の変更予定時期及び変更予定額を記載する扱いです。
標準管理規約のコメントも、段階増額積立方式の棟で予定を説明することを求めています。
段階増額積立方式を採用している場合は今後の変更予定時期及び変更予定額を説明することも、合意形成に有効と考えられる。
つまり、買主側の仲介会社は、段階増額であることと、次の引上げの時期と額を、報告書で知ります。売主が段階増額を伏せて売る道は、仕組みの上で閉じています。
売主は、売り出す前に自分で報告書を取り寄せ、この2つの欄の記載を確かめます。長期修繕計画上の予定が古いまま載っていれば、見直し後の計画を管理会社に伝えて更新してもらいます。
出典: 国土交通省「令和7年改正マンション標準管理規約(単棟型)及びマンション標準管理規約(単棟型)コメント」 別添4・48条関係
住み替え先の新築にも同じ計算を当てる
段階増額の棟を売って新築に住み替えるなら、住み替え先の長期修繕計画にも同じ計算を当てます。新築は分譲時に長期修繕計画と修繕積立金の額が提示されるので、A・B・Cを拾って基準額Dを出し、提示された初期額が0.6D以上か、最終額が1.1D以内かを見ます。
改定後の目安は新築の当初設定への歯止めなので、目安が示された後の新築は、これに沿って計画されることが期待されます。それでも、初期額が0.6D未満の計画があれば、後の引上げが急な棟です。
ガイドラインも、購入予定者に対し、提示された修繕積立金が均等積立方式によるものなのか、段階増額積立方式など将来の負担増を前提とするものなのかを確認し、将来の負担増を前提とする場合は、その計画が自らの将来の資金計画との関係でも無理のないものかをよく検討しておくことが必要だとしています。売る側で身につけた計算を、買う側でも使います。
出典: 国土交通省「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」
段階増額の棟を買主がどう見るか
「段階増額の棟は売りにくい」と言われることがあります。買主が見ているのは、段階増額かどうかそのものより、次の3点です。
| 買主が見る点 | 見る書類 | 評価が下がる棟 |
|---|---|---|
| 引上げが計画どおり進んでいるか | 議事録・積立残高 | 引上げが否決・先送りされた棟 |
| 最終額が妥当か | 長期修繕計画 | 最終額が目安の1.1倍を超える棟 |
| 次の引上げがいつか | 報告書の変更予定 | 1〜2年以内に大きな引上げがある棟 |
売主はこの3点を先に答えられるようにしておきます。
買主は今の月額ではなく最終額で予算を組む
買主側の仲介会社は、報告書で段階増額と分かると、今の月額ではなく、長期修繕計画の最終額で買主の月々の負担を計算します。「今は1万円でも、10年後には1万8千円」という形です。
住宅ローンの返済額に管理費と修繕積立金を足した月額合計で予算を組む買主にとって、最終額が高い棟は予算に入りにくくなります。均等積立の棟と同じ今の月額で並んでいても、段階増額の棟は「これから上がる分」だけ不利に見えます。
売主にとっての要点は、買主が見ているのは今の額ではない、という点です。だから、最終額が目安の範囲内であること、最終額でも実勢と比べて高くないことを示すほうが、今の額の低さを強調するより買主に届きます。
引上げが計画どおり進んでいるかを買主は見る
買主が最も嫌うのは、引上げが計画どおり通っていない棟です。総会で引上げが否決された、先送りされた、という履歴は、「積立が足りない棟」「合意が取れない棟」と読まれます。
逆に、引上げが計画どおり決議され、積立残高が計画に沿って増えている棟は、「管理組合が機能している」と評価されます。段階増額でも、計画どおりなら不安材料になりにくいです。
売主は、直近数年の総会議事録で、引上げの議案がどう決まったかを確かめます。すべて可決されていれば、その事実が売却の材料です。否決や先送りがあれば、その後どう対応したか(見直し・再提案)まで説明できるようにしておきます。
次の引上げが近いと価格交渉の材料になる
次の引上げが1〜2年以内にある棟は、買主にとって「買った直後に上がる棟」です。買主は引上げ後の月額との差に年数を掛けて、価格交渉の材料にします。
買主が引こうとする額(仮定の例・金額と年数はすべて仮の数字)
次の引上げ 月3,000円(1年後)
3,000円 × 12か月 × 10年 = 360,000円(36万円)
→ 買主は「36万円安くしてほしい」と考える。
自分の棟の引上げ額と、買主の想定居住年数に置き換えて計算します。
この額は、報告書と長期修繕計画から買主側でも計算できます。売主が先に織り込んで売り出し価格を決めるか、「引上げ後の額でも目安の範囲内」と示して交渉を短くするか、どちらかを選びます。
最終額が目安の範囲内なら評価は下がりにくい
段階増額の棟でも、最終額が基準額の1.1倍以内で、しかも実勢と比べて高くなければ、買主の評価は下がりにくいです。東日本不動産流通機構が2025年度に同機構を通して成約した首都圏中古マンションで見ると、1㎡当たりの修繕積立金は平均217円で、築10年以内が167円、築11〜20年が231円、築21〜30年が239円です。最終額がこの水準に収まっていれば、「上がっても普通の額」と説明できます。
説明の形は、「今の月額はいくら。計画の最終額はいくらで、国のガイドラインの基準額の1.1倍以内。首都圏の同じ築年の実勢とも同じ水準」という3段です。この3段が言えれば、段階増額は買主にとって「予定どおり上がる棟」になります。
逆に、最終額が目安を超える棟は、その理由(工事費の高騰・機械式駐車場)と管理組合の対応を添えて説明します。
出典: 東日本不動産流通機構「REINS TOPIC 首都圏中古マンションの管理費・修繕積立金(2025年度)」
段階増額の棟を売る時期と売り方
段階増額の棟は、引上げが複数回あるぶん、売る時期の選択肢が多いです。
| 売る時期 | 広告に載る月額 | 買主に伝わる情報 | 向く人 |
|---|---|---|---|
| 次の引上げの前 | 低い(今の額) | 「変更予定有」で引上げが伝わる | すぐ売る事情がある |
| 引上げの直後 | 上がった額 | 次の引上げまで期間がある | 数年の余裕がある |
| 引上げ完了後 | 最終額(均等相当) | もう上がらない | 完了まで住める |
引上げの前・直後・完了後で、買主に伝わる情報と月額の見え方が変わります。
引上げの直後か完了後が買主に説明しやすい
引上げの直後に売ると、広告に載る月額は上がったばかりの額です。一見不利に見えますが、「次の引上げまで5年ある」「あと1回で完了」と説明できるので、買主の不安は小さくなります。
引上げが完了した後なら、月額は均等相当の最終額で、報告書の変更予定は「無」になります。段階増額の棟でありながら、均等積立の棟と同じ見え方で売れます。
どちらも、買主に「これから上がる」と言われる材料が少ない時期です。売却まで数年の余裕がある人は、引上げの直後か完了後を狙うと、交渉が短く済みます。
引上げの前に売るなら変更予定が伝わる前提で価格を組む
次の引上げの前に売ると、広告の月額は低いままです。けれども、報告書に「変更予定有( 年 月から・変更予定額)」が載り、買主は引上げ後の額で予算を組みます。「月額が低いうちに売る」は、買主に知られる前提で考えることになります。
引上げ前に売るのが向くのは、住み替え先の期限が決まっていて待てない人です。その場合は、引上げ差に年数を掛けた額を最初から価格に織り込み、「引上げ後の額でも目安の範囲内」と示す準備をします。
値上げ前に売る意味と限界の一般論は、別の記事で詳しく扱っています。段階増額の棟で違うのは、引上げが1回ではなく複数回あることです。「次の1回」に加えて「残り全部」を買主は見ます。
残りの引上げ回数と最終額を1枚にまとめて示す
段階増額の棟を売るときの準備は、次の3つを1枚にまとめることです。一般に、いずれも管理組合か管理会社から取り寄せられる資料です。
- 長期修繕計画の引上げ予定表(年度・引上げ後の額・残り回数)
- 基準額Dと初期額・最終額の比較(0.6倍・1.1倍の判定)
- 引上げを決議した総会の議事録(計画どおり進んでいる証拠)
この1枚があれば、買主側の仲介会社は「段階増額だが計画どおりで、最終額も目安内」と買主に説明できます。段階増額を隠すのではなく、段階増額の中身を先に開示する形です。
仲介会社に任せきりにせず、売主が自分でこの1枚を作ると、査定の段階から「段階増額だから」という漠然とした値引きを防げます。
内覧での積立金の質問に答えを用意する
内覧で、買主から「修繕積立金は上がりますか」と聞かれることは、段階増額の棟ではほぼ毎回です。答えを用意しておきます。
内覧での答え方の例(年と額はすべて仮の数字・自分の計画表の数字に置き換える)
「はい、段階増額で、次は2028年に月1万3,000円へ上がります。それで引上げは完了で、最終額は国のガイドラインの基準額の1.1倍以内、首都圏の同じ築年の実勢と同じ水準です。これまでの引上げはすべて総会で計画どおり可決されています」
事実を隠さず、根拠(計画・目安・議事録)を添える形です。買主は「上がる」という事実より、「いつ、いくらで、それで終わりか」が分かることで安心します。曖昧に「少し上がるかもしれません」と答えると、買主は最も悪い想定をします。
均等積立への移行が売却に与える効果
段階増額の棟が、残りの計画期間を均等積立に切り替えることを「均等積立への移行」と呼びます。ガイドラインは、将来にわたって安定的な修繕積立金の積立てを確保する観点からは均等積立方式が望ましい方式といえるとし、段階増額については早期に引上げを完了させることが望ましいとしています。
| 移行の効果 | 報告書の記載 | 買主の見方 |
|---|---|---|
| 積立方式が均等になる | 「均等積立方式」 | 上がらない棟 |
| 変更予定が消える | 「変更予定無」 | 将来の負担が読める |
| 長期修繕計画を見直して総会で決議する | 決議の年月が新しくなる | 管理計画認定の土台になる |
移行は管理組合の話ですが、売却にも意味があります。
均等積立への移行は長期修繕計画の見直しと総会決議で決まる
移行は、長期修繕計画を見直し、残りの期間に必要な総額を均等に割った月額へ切り替える形で行います。標準管理規約は、長期修繕計画の作成又は変更(48条5号)と、管理費等及び使用料の額並びに賦課徴収方法(48条6号)を総会の議決事項としています。そして総会の議事は、規約に別段の定めがある場合を除き、出席組合員の議決権の過半数で決します(47条2項)。だから移行の議案は、普通決議で足りるのが原則です。自分の棟の規約が特別の定めを置いているなら、そちらが優先します。
手順は、理事会に見直しを提案し、一般には管理会社やマンション管理士・建築士などの専門家に計画を作り直してもらい、総会で計画の変更と積立金の額を決議する、という流れです。見直しの費用について、標準管理規約のコメントは、長期修繕計画の作成又は変更に要する経費及びそのための劣化診断(建物診断)に要する経費の充当は、管理組合の財産状態等に応じて管理費又は修繕積立金のどちらからでもできるとしています。
移行時に月額が一度に上がるため、合意形成には時間がかかります。ガイドラインが「実現性をもった引上げ」と書くのは、この難しさを踏まえたものです。
出典: 国土交通省「令和7年改正マンション標準管理規約(単棟型)及びマンション標準管理規約(単棟型)コメント」 47条・48条・32条関係
移行すると変更予定が消えて買主の不安が減る
移行が決まると、重要事項調査報告書の積立方式は「均等積立方式」になり、変更予定は「無」になります。買主側の仲介会社にとって、これは「この先の引上げ予定がない棟」を意味します。
段階増額の棟で売主が最も説明に苦労するのは、「まだ上がる」という点です。移行後は、この説明が要らなくなります。月額は上がっていますが、「もう上がらない額」として買主は予算を組めます。
管理計画認定制度との関係も押さえておきます。認定の基準が長期修繕計画について見るのは、計画期間全体での修繕積立金の総額から算定された修繕積立金の平均額が著しく低額でないことで、その確認は修繕積立金ガイドラインが示す幅の下限値との比較で行われます。移行そのものが認定の要件を減らすわけではなく、認定で問われるのは平均額の水準です。移行にあわせて長期修繕計画を見直し、総会で決議しておくことが、認定の土台になります。
出典: 国土交通省「マンションの管理計画認定の基準」/国土交通省「マンションの管理計画認定に関する事務ガイドライン」
移行直後は月額が上がるがもう上がらない
移行の痛みは、月額が一度に上がることです。段階増額で「あと2回」の引上げが残っていた棟が均等相当に切り替えると、その2回分がならされて先に来る形になります。
移行前後の月額(仮定の例・金額と年数はすべて仮の数字)
残りの計画期間 20年(240か月)
段階増額のまま: 10,000円×60か月 + 13,000円×60か月 + 16,000円×120か月 = 330万円
均等積立へ移行: 330万円 ÷ 240か月 = 13,750円(移行直後から据え置き)
→ 今より3,750円上がるが、10年後の16,000円より低く、以後は同じ額。
自分の棟の計画表から、残り期間と各期の月額を拾って同じ計算をします。
売主にとって、移行直後の月額上昇は広告の月額を上げます。けれども、「もう上がらない」と説明できる価値のほうが、多くの買主には大きく映ります。買主が嫌うのは高さより不確かさだからです。
売却まで時間があるなら移行を提案する価値がある
売却まで1年以上あるなら、売る前に管理組合へ均等積立への移行を提案する価値があります。移行が決まれば、「段階増額でこれから上がる棟」から「均等で上がらない棟」に変わり、買主への説明が一段簡単になります。
提案の手順は、理事会に書面で「長期修繕計画の見直しと均等積立への移行を次期の議案にしてほしい」と申し入れることです。根拠は、ガイドラインが均等積立方式を望ましい方式といえるとし、段階増額については早期の引上げ完了を促していること、そして2024年改定で0.6倍・1.1倍の目安が示されたことです。
自分が売った後も、移行は残る区分所有者の利益になります。高齢化が進む前に引上げを終えるほうが、合意が取りやすいからです。一般に管理組合の議案は理事会からの提案で動くので、一人の申し入れが議案化につながることも十分にあり得ます。
出典: 国土交通省「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」
まとめ:段階増額は隠すより、最終額と残り回数を先に開示して売る
いちばん重いのは、買主が見ているのが今の月額ではなく計画の最終額と次の引上げの時期だ、という点です。段階増額であることと変更予定の時期・額は重要事項調査報告書で買主側に渡るので、月額が低いうちに売っても伏せたまま渡すことは起こりにくい形になっています。だからこそ、2024年6月の改定が示した「初期額は基準額の0.6倍以上、最終額は基準額の1.1倍以内」という物差しに自分の棟を当て、最終額が目安の範囲内であることを先に言えるかどうかが、同じ棟の同じ広さでも交渉の長さを分けます。
次の一歩は、長期修繕計画の総括表からA(計画期間全体で集める修繕積立金の総額)・B(総専有床面積)・C(計画期間の月数)を拾って基準額D=A÷B÷Cを出し、年度別の表から初期額Eと最終額Fを㎡単価で拾って、0.6×D≦E と 1.1×D≧F を判定することです。ここを飛ばして売り出すと、買主側の仲介会社が先に報告書と計画を読んだ時点で交渉の主導権が移り、「段階増額だから」という漠然とした値引きに返す材料を持たないまま値段を下げることになります。
そのうえで、売却まで数年の余裕があるなら引上げの直後か完了後を狙い、1年以上あるなら管理組合へ均等積立への移行を申し入れる。この判断が、段階増額の棟の売り時を決めます。住み替えのトビラでは、段階増額積立方式のマンションの売り時と買主への説明の作り方も含めて、住み替えで悩むあなたに信頼できる情報を提供しています。
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