親から相続したマンションを売りたいのに、兄弟への切り出し方に迷ったまま、毎月の管理費だけを払い続けている人は多いでしょう。
兄弟が売る話に応じてくれるかは、最初のひと言と、そのあとに見せる数字の資料で大きく変わります。
この記事では、避けたいひと言と話が進むひと言、話し合いに持っていく3枚の資料、反対の本音に合わせた返し方を、1つの家族の例に沿って紹介します。
「うちは揉めない」が一番危ない:相続したマンションで兄弟が行き詰まる理由
仲のよい兄弟でも、相続したマンションを売る話になると、行き詰まることがよくあります。
Aさんが言葉に詰まったのは、相続したマンションが兄弟で分けにくい財産だからです。分け方しだいで、兄弟の誰かが「損をした」と感じやすくなります。
家庭裁判所で遺産分割を争う家の4分の3以上は、遺産5,000万円以下
家庭裁判所で遺産の分け方を争った家の4分の3以上は、遺産が5,000万円以下の家でした。
遺産をどう分けるかを決めることを「遺産分割」といいます。家族の話し合いでまとまらないときは、家庭裁判所の「調停」という話し合いの場を使います。
次の表は、2024年に家庭裁判所で決着した遺産分割の事件を、遺産の額で分けたときの件数と割合です。
| 遺産の額 | 件数 | 割合 |
|---|---|---|
| 1,000万円以下 | 2,835件 | 35.6% |
| 1,000万円超〜5,000万円以下 | 3,373件 | 42.3% |
| 5,000万円超〜1億円以下 | 949件 | 11.9% |
| 1億円超 | 597件 | 7.5% |
| 算定不能・不詳 | 220件 | 2.8% |
| 合計 | 7,974件 | 100.0% |
遺産が5,000万円以下の家を合わせると、割合は77.9%です。2021年の統計でも76.6%で、ほぼ同じ割合でした。
裁判所で争っている家の多くは、財産の多い家より、自宅と少しの預金を持つような普通の家だといえます。財産が少なくても、マンションのように分けにくいものが1つあると、兄弟の話はこじれやすくなります。
出典: 最高裁判所「令和6年 司法統計年報 3 家事編」第53表、最高裁判所「令和3年 司法統計年報 3 家事編」第53表
1部屋のマンションをどう分けるかで、兄弟の利害がぶつかる
マンションは預金のように1円単位で分けるのが難しいため、どう分けるかで兄弟の希望が食い違いやすくなります。
相続したマンションの分け方と、それぞれで兄弟の希望がぶつかりやすい点は、次のとおりです。
| 分け方 | ぶつかりやすい点 |
|---|---|
| 誰か1人が持つ | 持つ人に、ほかの兄弟へ払うまとまったお金が要る |
| 売ってお金を分ける | 住み続けたい兄弟や、親の家を残したい兄弟が反対しやすい |
| 兄弟みんなで持ち続ける | 毎月の費用がかかり続け、何をするにも全員の同意が要る |
兄弟の利害は、マンションの値段の見方でも分かれます。自分が持つつもりの兄弟は値段を低く見たくなり、お金を受け取る側の兄弟は高く見たくなります。
仲のよい兄弟でも、値段の話になったとたんに空気が重くなるのはこのためです。
マンション全体を売るには、兄弟全員の同意が要る
兄弟のうち1人でも反対すれば、相続したマンションの売却はそこで止まります。
名義が親のままなら、売る前に相続人全員で遺産の分け方を決めておく必要があります。兄弟の共有名義(1つの物件を何人かで持っている状態)に変えた後も、全体を売るには共有者全員の同意が要ります。
法律上は、自分の持ち分だけなら1人の判断で売ることもできます。ただし、持ち分だけを買う人は限られるため、値段は大きく下がります。
例外は、遺言書や話し合いで、マンションがすでに自分1人の名義になっている場合です。このときは、兄弟の同意なしで売れます。
兄弟に話を切り出す前に、次の3つを確かめておきましょう。
| 確かめること | 確かめ方 |
|---|---|
| 今の名義 | 法務局で「登記事項証明書」を取る |
| 遺言書の有無 | 自宅を探すほか、法務局(自筆の遺言書の保管制度)や公証役場(公正証書遺言)に問い合わせる |
| 相続人の範囲 | 親の生まれてから亡くなるまでの戸籍を取り、兄弟のほかに相続人がいるかを見る |
名義が親のままか兄弟の共有かによって、話し合いがこじれたときに使う裁判所の手続きが変わります。遺言書でマンションの行き先が決まっていれば、兄弟で話し合う中身そのものが変わります。
売るには兄弟全員の「うん」が要るので、最初のひと言が大切になります。
出典: e-Gov法令検索「民法」第251条(共有物の変更)、法務省「自筆証書遺言書保管制度について」
切り出しは最初のひと言で決まる:避けたいひと言と、話が進むひと言
兄弟が売る話に耳を傾けてくれるかは、最初のひと言に大きく左右されます。
ところが、このひと言は話をこじらせやすい言い方です。どこがまずいのか、どう言い換えればよいのかを順に見ていきます。
避けたいひと言:「売ろうと思う」「どうせ誰も住まない」「お金が要るんだ」
「売る」という結論や自分の都合から話し始めると、相手は身構えてしまいます。
人は、いきなり結論を聞かされると、中身を考える前に賛成か反対かを決めてしまいがちです。
売りたい側がつい口にしがちな言い方と、相手の受け止め方は次のとおりです。
| 言い方 | 相手の受け止め方 |
|---|---|
| 「売ろうと思うんだけど」 | もう決めたことの報告に聞こえ、自分の意見は後回しだと感じる |
| 「どうせ誰も住まないし」 | 親の家を「いらない物」扱いされたと感じる |
| 「お金が要るんだ」 | 自分の都合で親の財産を動かそうとしていると受け取る |
相続の話し合いでは、相手にも親への思いや、口に出していない事情があります。最初のひと言で「気持ちを無視された」と受け取られると、あとで正しい数字を見せても、相手は聞き入れにくくなります。
LINEの短い文で最初のひと言を送るのも、避けたほうが安全です。文字だけだと声の調子が伝わらず、相手の頭には「売りたい」という言葉だけが残ります。
今の状態を先に伝え、一緒に考えたいと頼んでから選択肢を見せると、相手も落ち着いて話を聞けます。
話が進むひと言:「このまま持っているとどうなるか、一度一緒に見てほしい」
話を前に進めたいなら、売りたい気持ちを伝える前に、親のマンションが今どうなっているかを話し、「一緒に決めたい」と頼みましょう。
どの言い方も、結論を言う前に相手の考えを聞いているので、相手は自分も決める側にいると感じられます。
相手から「売るつもりなの?」と聞き返されたときは、正直に答えるほうが信頼されます。
例えば「売るのも一つの案だと思っている。持ち続けた場合の費用も出したから、比べてから一緒に決めたい」と返せば、売る案もまだ話し合いの途中だと相手に伝わります。
最初の連絡は、「次の日曜に30分だけ時間をもらえる?」と、会って話す約束を取るところまでで十分です。
いつ、どこで話すか:法要が一区切りした後に、兄弟全員がそろう場で
売る話を切り出すのは、四十九日などの法要を終えて、家族の気持ちが少し落ち着いてからが目安です。
葬儀の直後は、家族がまだ悲しみや疲れの中にいます。この時期にお金の話を持ち出すと、冷たい人だと思われやすくなります。
ただし、法要の後というのはあくまで目安です。相続税の申告が必要なら、亡くなってから10か月以内という期限があるので、もう少し早めに話し始めておきましょう。
兄弟が3人以上いるなら、全員がそろう場で同時に話すとよいでしょう。先に1人だけに話すと、残りの兄弟は「2対1で決められた」と感じやすくなります。
集まる場所には、相続したマンションの部屋を選ぶ方法もあります。片付けを兼ねて集まれば、部屋の傷み具合や空き部屋になった様子を、兄弟全員が自分の目で確かめられます。
話し合いの場では、次の3つにも気をつけます。
| 場面 | 工夫 |
|---|---|
| 遠くに住む兄弟がいる | ビデオ通話で同時に参加してもらう |
| 兄弟の配偶者が同席したがる | 同席させるかを、兄弟全員で事前に決めておく |
| 話し合いの後 | 話した内容をメールやLINEで全員に送る |
配偶者の同席を事前に決めておくのは、遺産の分け方を決めるのが、相続人である兄弟本人だからです。兄弟の1人だけが配偶者を連れてくると、ほかの兄弟は数で押されたように感じます。
話し合いの後に内容を文字で全員に送っておくと、後になって「言った・言わない」で揉めるのを防げます。
「住み替えの資金にしたい」という本音は、言うべきか
売ったお金を住み替えに使いたいなら、その本音は最初にひと言で伝えておきましょう。
Aさんが本音を隠したまま売却を進め、売れた直後に住み替えたら、兄は「最初からそれが目的だったのか」と感じるでしょう。本音を後から知った相手は、最初に打ち明けられたときよりずっと強い不信感を持ちやすくなります。
ただし、住み替えを売る理由の一番に挙げると、相手は「あなたの都合に付き合わされる」と感じます。
この例のように、自分の事情はひと言で済ませ、そのあとは「マンションをどうするのが家族にとってよいか」に話を戻すと、相手も落ち着いて聞けます。
兄弟を動かすのは気持ちより数字:話し合いに持っていく3枚の資料
兄弟と話し合うときは、気持ちを伝えるより先に、数字をまとめた資料を見せると話が前に進みます。
気持ちの話だけを続けると、兄弟それぞれの思いがぶつかりがちです。同じ数字を全員で見れば、何を決めればよいかを一緒に考えられます。
Aさんが作った3枚の資料は、次のとおりです。
| 資料 | 書くこと |
|---|---|
| 1枚目 | 持ち続けると、1年でいくらかかるか |
| 2枚目 | 今売ったら、いくらになるか |
| 3枚目 | 売る・1人が持つ・貸す・共有のまま持つの比較 |
3枚とも兄弟全員に同じものを渡すと、全員が同じ数字を見ながら話し合えます。
1枚目「持ち続けるといくらかかるか」:空き部屋のマンションに毎年かかるお金
誰も住んでいないマンションでも、Aさんのケースでは持っているだけで年に約50万円がかかります。
Aさんが作った1枚目の表は、次のとおりです。金額はAさんのケースで仮に置いた値で、物件によって大きく違います。
| 費用 | 月額 | 年額 |
|---|---|---|
| 管理費 | 1万4,000円 | 16万8,000円 |
| 修繕積立金 | 1万8,000円 | 21万6,000円 |
| 固定資産税・都市計画税 | ― | 8万円 |
| 火災保険・地震保険 | ― | 1万5,000円 |
| 電気・ガス・水道の基本料金 | ― | 2万円 |
| 合計 | 約50万円 |
自分の家で計算するときは、次の式に請求書の金額を入れると年額が出ます。
年額=(管理費の月額+修繕積立金の月額)×12か月+固定資産税・都市計画税+保険料1年分+光熱費の基本料金1年分
Aさんのケース=(1万4,000円+1万8,000円)×12か月+8万円+1万5,000円+2万円=49万9,000円
年に約50万円なら、10年で約500万円になります。しかも、この費用は年がたつほど増えていくと考えられます。
国土交通省の調査によると、マンションの修繕積立金は、月額の平均が2023年度に1万3,054円でした。2013年度の1万783円と比べると、2割ほど上がっています。
建物が古くなるほど修理が増えるので、管理組合から積立金の値上げや、まとまったお金を集める「一時金」を求められることもあります。
表に書く金額は、管理会社からの請求明細、毎年春ごろに届く固定資産税の納税通知書、保険証券で確かめられます。誰がいくら立て替えてきたかも同じ表に書いておくと、売ったお金を分けるときに、そのまま精算に使えます。
出典: 国土交通省「令和5年度マンション総合調査結果〔概要編〕」、国土交通省「平成25年度マンション総合調査結果〔概要編〕」
2枚目「今売ったらいくらか」:複数の会社の査定額と、その根拠
2枚目には、不動産会社3社ほどの査定額を、それぞれの根拠と一緒に並べるとよいでしょう。
1社だけの査定額だと、その数字が高いのか安いのか、兄弟の誰にも判断がつきにくくなります。3社の査定額を並べれば、相場がおよそいくらかが分かります。
査定を頼むときは、「なぜその値段なのか」も不動産会社に説明してもらいましょう。査定の根拠としてよく使われるのは、近くの似た部屋が実際に売れた値段です。
国土交通省の「不動産情報ライブラリ」というサイトを使えば、地域ごとの実際の取引価格を自分でも調べられます。
売ったときの「手取り」の目安も書き加えると、兄弟それぞれが受け取る額が分かります。手取りの計算に必要なのは、次の3つです。
- 仲介手数料
- 売ったときの税金
- 親が買ったときの契約書
仲介手数料の上限は、売却価格が400万円を超える場合、「売却価格×3%+6万円」に消費税を加えた額です。売却価格が800万円以下の物件では、2024年7月1日から、上限を33万円(税込)まで引き上げる特例が設けられています。
売ったときの税金は、親が買ったときより高く売れた場合に、その利益にかかります。親が買ったときの契約書が見つからないと、税金の計算で「買った値段は売った値段の5%」とみなされ、税金が高くなることがあります。
実家の書類の中から、親が買ったときの契約書を早めに探しておくと安心です。
査定の資料を兄弟全員に同じ形で渡しておくと、「その値段は安すぎる」と言われたときにも、同じ数字をもとに話し合えます。
出典: 国土交通省「消費者の皆様向け 不動産取引に関するお知らせ」、国税庁「No.3258 取得費が分からないとき」
3枚目「選択肢の比較表」:売る・1人が持つ・貸す・共有のまま持つ
売る以外の選択肢も同じ項目で並べておくと、相手も落ち着いて考えられます。
次の表は、3枚目の資料の例です。
| 選択肢 | 兄弟が受け取るもの | 公平さ | 手間と費用 | 先々のリスク |
|---|---|---|---|---|
| 売る(換価分割) | 売ったお金を分ける | 1円単位で分けられる | 売る手続き、仲介手数料 | 思い出のある家がなくなる |
| 1人が持つ(代償分割) | 持つ人はマンション、ほかの人はお金(代償金) | 値段の決め方で揉めやすい | 持つ人にまとまったお金が要る | 持つ人が費用をすべて負担する |
| 貸す | 家賃を分ける | 管理役の人に手間が偏りやすい | 貸す前のリフォーム代、管理会社への手数料 | 空き部屋、修理、入居者とのトラブル |
| 共有のまま持つ | なし(費用を分担して払う) | 今は平等 | 毎年の費用を払い続ける | 次の世代に権利が分かれていく |
表を作るときは、「売る」の欠点も正直に書いておきましょう。自分に都合のいいことばかり並べた資料は相手にすぐ見抜かれ、資料全体を疑われます。
この表の中で見落とされやすいのは、「共有のまま持つ」の先々のリスクです。兄弟のどちらかが亡くなると、その人の持ち分は配偶者や子どもに引き継がれます。
そうなると、いつか売ろうとしたときに話し合う相手は、兄弟から甥や姪、さらにその家族へと広がります。決めるのを先送りすると、今より難しい話し合いを次の世代に残すことになります。
相続の期限を見せて、急ぐ理由を伝える:相続登記は原則3年以内、2024年4月より前の相続は2027年3月末まで
相続の期限を表にして見せれば、話を急ぐ理由が自分の都合ではなく決まりだと、兄弟に伝わります。
次の表は、相続したマンションに関わる主な期限です。
| 期限 | すること | 当てはまる人 |
|---|---|---|
| 亡くなってから10か月以内 | 相続税の申告と納付 | 遺産が「3,000万円+600万円×相続人の数」を超える家 |
| 相続を知ってから3年以内(2024年4月より前の相続は2027年3月31日まで) | 相続登記(名義の変更) | 不動産を相続したすべての人 |
| 亡くなってから3年10か月以内に売る | 「取得費加算」の特例で、売るときの税金を軽くできる | 相続税を払った人 |
相続登記は、2024年4月1日から義務になりました。正当な理由なく期限を過ぎると、10万円以下の過料(行政上のペナルティ)を科されることがあります。
遺産の分け方が決まる前でも、「相続人申告登記」という簡単な手続きをすれば、ひとまず登記の義務を果たせます。この手続きは兄弟それぞれが申し出るもので、分け方が決まったら、その日から3年以内に相続登記をする必要があります。
マンションを売るときにも、相続登記が要ります。売る時期を兄弟で話し合いながら、登記の期限もあわせて確かめておくと安心です。
期限とは別に、思い違いをしやすい特例もあります。「相続した空き家は、売っても3,000万円まで税金がかからない」と聞いたことがある人もいるでしょう。この特例が使えるのは原則として一戸建てで、マンションは対象外です。
相手の気持ちが落ち着くのを待ちながらも、表の期限から逆算して話し始めておくと、期限の直前で慌てずに済みます。
出典: 国税庁「No.4205 相続税の申告と納税」、国税庁「No.4152 相続税の計算」、法務省「相続登記の申請義務化に関するQ&A」、国税庁「No.3267 相続財産を譲渡した場合の取得費の特例」、国税庁「No.3306 被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例」
反対の「本当の理由」を見抜く:5つのパターンと返し方
兄弟が口にする反対の言葉の裏には、別の本音が隠れていることがよくあります。
反対のよくある5つのパターンは、次のとおりです。
| 口に出す言葉 | よくある本音 | 返し方 | 使う資料 |
|---|---|---|---|
| 「思い出がある」 | 親を手放す罪悪感 | お別れの時間をつくる | 1枚目(気持ちが落ち着いてから) |
| 「自分が住んでいる・使っている」 | 住まいや荷物の置き場を失う不安 | これからの暮らしを一緒に考える | 3枚目 |
| 「安すぎる」「まだ早い」 | 損や主導権への不安 | 値段を決める作業に加わってもらう | 2枚目・1枚目 |
| 「半分ずつは納得できない」 | 介護や援助への不公平感 | 売ることと分け方を別々に話す | 2枚目(手取りの目安) |
| 返事がない | 手続きや責任を避けたい気持ち | 決めてほしいことを絞って期限を示す | 3枚すべて |
口に出した言葉にだけ答えても、本音の不安が解けるまで反対は続きます。本音に合った返し方を選ぶと、兄弟の話し合いは前に進みます。
「思い出がある」の本音は、親を手放す罪悪感
「思い出がある」という反対には、数字より先に、気持ちを受け止める言葉で返しましょう。
「母さんが暮らした家を売るなんて」と言う兄弟には、親を手放すような申し訳なさがあると考えられます。自分が「売った人」になるのを避けたい気持ちもあるでしょう。
その相手に「でも、年に50万円かかるんだよ」と返すと、「お金の話しかしないのか」と受け取られてしまいます。
まずは「私もさみしいよ」と相手の気持ちを受け止め、売る前にきちんとお別れする時間をつくろうと提案するとよいでしょう。お別れの時間には、例えば次のようなことができます。
- 部屋の片付けと形見分け
- 部屋の写真や動画の記録
- 家族そろっての最後の食事
形見分けは、誰が何を持ち帰るかで小さな揉め事が起きやすい場面です。集まる前に1人ずつ「残したい物」を書き出してもらうと、当日の話し合いがスムーズに進みます。
親の家を手放す罪悪感は、「自分ひとりで決めた」と感じるときに強くなります。「みんなで話し合って決めた」と思えれば、気持ちの区切りもつきやすくなります。
1枚目の費用の表は、相手の気持ちが落ち着いてから見せれば十分です。
「自分が住んでいる・使っている」の本音は、住まいを失う不安
兄弟の誰かが住んでいるなら、売る話より先に、その人のこれからの暮らしを一緒に考えましょう。
住んでいる兄弟にとって、売る話は「家を失う」話です。「出ていけというのか」という言葉の裏には、住む場所を失う不安や、引っ越しのお金と手間への心配があります。
荷物を置いているだけの兄弟でも、片付けの手間や次の置き場所を気にしていることがあります。どちらの場合も、正しさを議論する前に「あなたの暮らしをどうするか、一緒に考えたい」と伝えることが大切です。
住んでいる兄弟と一緒に考えられる方法には、次の3つがあります。
- 住んでいる人が持ち、ほかの兄弟に代償金を払う
- 住み続ける代わりに、家賃に当たるお金を兄弟で分ける
- 売るが、引っ越しまでの期間と費用に余裕を持たせる
代償金(マンションを持つ人がほかの兄弟に払うお金)の額は、2枚目の査定額をもとに決めると話が早くなります。例えば査定額が1,700万円で兄弟2人が半分ずつなら、住んでいる人がもう1人に850万円(1,700万円×2分の1)を払う計算です。
代償金を一度に払うのが難しければ、分割払いを話し合い、決めた内容を書面に残しておきます。売る場合は、引っ越し費用を売ったお金から先に出すと、住んでいる人の負担を軽くできます。
あわせて、今の管理費や税金を誰が払っているかも確かめておきたい点です。住んでいる人が費用を払わない状態が続くと、ほかの兄弟の不満が少しずつたまっていきます。
売るにしても残すにしても、住んでいる兄弟が納得できる条件を一緒に探すことで、反対していた兄弟も話し合いに加わりやすくなります。
「安すぎる」「まだ早い」の本音は、損や主導権への不安
値段や売る時期に反対されたら、値段を決める作業に相手にも加わってもらいましょう。
「その値段は安すぎる」「もう少し待てば値上がりする」と言う兄弟は、損をしたくない気持ちや、売りたい側のペースで話を決められる不安を抱えていることがよくあります。
値段への不満には、2枚目の査定の根拠を一緒に見るところから始めるとよいでしょう。査定を頼む不動産会社のうち1社を相手に選んでもらうと、さらに効果があります。自分で選んだ会社の数字なら、相手も納得しやすくなります。
売り出し価格の「下限」(いちばん安く売ってよい値段)も、全員で決めておくと安心です。「この金額より下げるときは、必ず全員で相談する」と約束しておけば、勝手に安く売られる心配がなくなります。
「まだ早い」という意見には、1枚目の表が役に立ちます。1年待てば約50万円の費用がかかるので、待つ間にそれを上回る値上がりが見込めるかを、一緒に考えておきたいところです。
売りたい側が不動産会社とのやり取りを引き受ける場合も、「決める権利は全員にある」と伝えておくと、主導権を取られるという相手の不安が和らぎます。
「売るのはいいが、半分ずつは納得できない」の本音は、介護や生前の援助への不公平感
分け方に不満があるときは、「売ること」と「分け方」を別々に話し合いましょう。
親の介護を自分がしてきた兄弟や、ほかの兄弟だけが生前に大きな援助を受けていたと考える兄弟は、半分ずつの分け方に納得しにくいでしょう。Aさんの兄も、母の通院に付き添ってきた5年間を思って、半分ずつに反対していました。
法律で決まった兄弟の取り分は同じ割合ですが、兄弟全員が話し合いで合意すれば、分ける割合は自由に決められます。
法律にも、兄弟の間の不公平を調整する考え方が2つあります。
| 考え方 | 中身 |
|---|---|
| 寄与分 | 親の介護などで親の財産を守ったり増やしたりした人の取り分を増やす |
| 特別受益 | 生前に住宅資金などの大きな援助を受けた分を、遺産の先取りとみなす |
ただ、寄与分は、家族として普通の範囲の手伝いでは認められにくいとされています。また、2023年4月1日に施行された法改正で、親が亡くなってから10年を過ぎると、原則としてこの2つを主張できなくなりました。
兄弟の話し合いは、2段階に分けると進めやすくなります。最初に「売る」ことに全員で合意し、そのあとで介護の内容や援助の事実を出し合って、分け方を決めるとよいでしょう。
2つを一度に話すと、分け方への不満のせいで、売る話までまとまりにくくなります。
出典: 法務省「新制度の概要・ポイント(令和3年民法・不動産登記法改正)」、e-Gov法令検索「民法」第904条の2・第904条の3
返事がない兄弟の本音は、手続きや責任を避けたい気持ち
返事をくれない兄弟には、決めてほしいことを絞り、返事の期限を書いて送りましょう。
「任せるよ」「今は忙しい」と言う人や、既読のまま返事をくれない人もいます。こうした兄弟は、面倒な手続きや責任を避けたくて、話から距離を置いていることがよくあります。
黙っているのを賛成と受け取って話を進めると、後になって「聞いていない」と反対されることがあります。相手の手間を減らすには、次の3つを伝えるとよいでしょう。
- 手続きの窓口は自分が引き受けること
- 決めてほしいことは1つか2つであること
- 返事の期限
3枚の資料を1つのファイルにまとめ、最初のページに「決めてほしい2つのこと」と返事の期限を書いておくと、忙しい相手でも何を求められているかがすぐに分かります。
手紙やメールなど文字で残る形で送っておけば、いつ何を伝えたかを後で示せます。何度連絡しても返事がないときは、家族以外の第三者に間に入ってもらう方法もあります。
話し合いがこじれたら何を失うか:調停・共有物分割請求・持ち分の売却
兄弟の話し合いがこじれて裁判所や業者に頼ると、時間やお金、兄弟の関係を失いやすくなります。
弁護士に頼む前に、こじれた場合に何が起きるかを知っておくと、次の一手を落ち着いて選べます。
次の一手は第三者に頼む:不動産会社・司法書士・税理士・弁護士にできること
兄弟だけで話がまとまらないときは、家族以外の第三者に入ってもらうと、話が動き出すことがあります。
同じ説明でも、兄弟の口から聞くと「あいつの意見」に聞こえます。専門家から聞けば、ルールや相場の話として受け止めやすくなります。
相談先ごとの頼めることと気をつけたいことは、次のとおりです。
| 相談先 | 頼めること | 気をつけたいこと |
|---|---|---|
| 不動産会社 | 査定や売り方の説明を、兄弟全員に同じようにしてもらう | 売ることを前提に話が進みやすい |
| 司法書士 | 相続登記、遺産分割協議書(分け方を決めた書類)の作成 | 兄弟の間に立つ交渉は担当外 |
| 税理士 | 相続税や、売ったときの税金の計算 | 分け方を決めるのは担当外 |
| 弁護士 | 相手との交渉や、調停の手続きを代わりに行う | 頼むと相手も弁護士を立て、対立が強まることがある |
頼む順番は、中立の立場で説明してくれる不動産会社や司法書士から始め、それでも話が進まなければ弁護士に相談するのがおすすめです。弁護士は依頼した人の味方として動くため、相手は「攻撃された」と感じやすくなります。
弁護士に相談するか迷う段階なら、市区町村や弁護士会の無料法律相談で、見通しを聞いておくと安心です。
遺産分割調停・共有物分割請求:決着までの期間と費用の目安
裁判所の手続きを使うと、遺産分割調停だけでも、決着までに平均で約12か月かかります。
使う手続きは、マンションの名義によって次のように変わります。
| 名義の状態 | 使う手続き | 場所 | 決着の形 |
|---|---|---|---|
| 親の名義のまま(遺産を分けていない) | 遺産分割調停 | 家庭裁判所 | 話し合いでまとまらなければ、裁判官が分け方を決める(審判) |
| 兄弟の共有名義で登記した後 | 共有物分割請求 | 地方裁判所 | 判決で、1人が買い取る、または売ってお金を分けるよう決まる |
遺産分割調停は、調停委員という第三者が間に入って進める話し合いです。申し立ての手数料は、亡くなった親1人につき1,200円分の収入印紙と連絡用の郵便切手で、手数料そのものは少額です。
裁判所の手続きで重いのは、時間の負担です。最高裁判所の資料では、2024年に終わった遺産分割事件の決着までの期間は、平均12.1か月でした。
調停の期日(裁判所に呼ばれる日)は平均4.7回で、間隔は平均2.4か月です。そのたびに、平日の昼間に裁判所へ足を運ぶことになります。
弁護士に頼むと、数十万円以上の費用がかかるのが一般的です。共有物分割請求で裁判所が「競売」(裁判所が売りに出す方法)を命じた場合は、ふつうに売るより安い値段になりがちです。
出典: 裁判所「遺産分割調停」、最高裁判所「事件類型別事件状況(家事)(令和6年終局事件)」
持ち分だけを売るのは最後の手段:値段は大きく下がり、兄弟の関係も壊れやすい
自分の持ち分だけを売ると、兄弟の同意なしで現金にできる代わりに、値段は大きく下がります。
持ち分だけを売れるのは、兄弟の共有名義で登記した後です。買い手は、住むために部屋を探している人より、共有持分を専門に買い取る業者が中心になります。
持ち分だけの買取価格は、マンション全体の価格に持ち分の割合を掛けた額より、かなり低くなります。ここでは仮に、その3〜5割で買い取られるとして、Aさんのケースで計算します。
持ち分の計算上の価格=マンション全体の価格×自分の持ち分の割合
Aさんのケース=1,700万円×2分の1=850万円
買取価格(仮に3〜5割とした場合)=850万円×0.3〜0.5=255万〜425万円
実際の買取価格は、共有持分を扱う業者に査定を頼んで確かめることになります。この計算は、持ち分だけを売るとどのくらい減るかをつかむための目安です。
さらに問題なのは、売った後です。持ち分を買った業者は、新しい共有者として兄に「持ち分を買い取るか、全体を売るか」を求めてきます。
兄から見れば、知らない会社と母の家を共有することになります。そうなれば、兄との関係を元に戻すのは難しくなるでしょう。
持ち分だけを売ると、お金と兄弟の関係の両方を大きく失います。話し合いをどうしても続けられないときの、最後の手段と考えておきましょう。
もしAさんが最初に「売ろうと思うんだけど」とだけ言っていたら、兄の本当の気持ちを聞く機会は失われていたでしょう。こじれたときに失うものの大きさを考えれば、最初のひと言に時間をかける価値は十分にあります。
まとめ:売りたい気持ちより先に、マンションの今の状態と数字を兄弟に見せる
相続したマンションを兄弟に売ろうと切り出すときにいちばん大切なのは、売りたい気持ちより先に親のマンションの今の状態を伝え、「一緒に決めたい」と頼むことです。
次の一歩は、管理費や固定資産税の請求書を集めて、持ち続けると1年でいくらかかるかを表にすることです。この表がないまま話し合いに臨むと、兄弟から「持っていたら、いくらかかるの?」と聞かれたときに言葉に詰まり、売る話が先へ進みにくくなります。
あわせて、法務局で登記事項証明書を取り、マンションの今の名義と相続登記の期限を確かめておきましょう。住み替えのトビラでは、相続したマンションを兄弟で売るときの切り出し方や話し合いの進め方も含めて、住み替えで悩むあなたに信頼できる情報を提供しています。
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